キリストの光 光のキリスト

みことばの黙想

Play Now
再生できない場合は、ダウンロードしてお聞きください
「開いてくださる方との出会い」
4月23日
復活節第2主日(神のいつくしみの主日)
ヨハネ20・19-31
 「開いてくださる方との出会い」

(文:髙橋慎一神父=横浜教区/カット=高崎紀子)


先週の復活の主日、ヨハネ福音書の朗読で、私たちは、夜明け前に、イエス様をふびんに思い、墓所を訪れたマグダラのマリアが、開かれたイエス様の墓を見いだす個所を読みました。ヨハネ福音書は、続いて彼女が、開かれた方であるイエス様、何よりも父である神様に向かって開かれた方であるイエス様から励ましの声をかけて頂いた有様を伝えています。


イエス様は、私たちの心を神様に開いてくださいます。ヨハネ福音書にちりばめられた七つのしるしの業の数々を、その視点から振り返ってみたいと思います。


それは、(1) ぶどう酒の尽きてしまった婚宴で、水が、ぶどう酒となった業をもって私たちに、いつの日か神様の天国の完成の宴が開かれることを示されたカナの婚宴での出来事(2・1―11) (2) 病気の息子の父親に、「帰りなさい。あなたの息子は生きる」とおっしゃり、御言葉への信頼を開いたしるしの業(4・43―54) (3) 苦しむ人の救いこそが律法の完成であることを開示されたベトザタの池でのしるし(5・1―8) (4) 少年の〝与える心〟を開かれ、五つのパンと二匹の魚を五千人の人の満たしに変えられたガリラヤ湖畔での出来事(6・1―15) (5) 暗闇の水上を歩いて弟子たちの乗る船に近づき、恐れから信頼へと心を開くように励まされた湖上での出来事(6・16―21) (6) キリストによって信仰の目が開かれることを示された、生まれつき目の見えない人のいやし(9・1―41) (7) 「わたしは復活であり、命である」と宣言し、ラザロを呼び出して、イエスを信じる人に復活の命への道を開かれたしるしの業(11・1―44)の七つです。


復活節第2主日の福音朗読では、マグダラのマリアがイエス様と出会った、その同じ日の夕方に、今度は、イエス様が弟子たちを訪れた様子が語られます。


弟子たちは、家の戸に鍵をかけて閉じこもっています。


そこに、イエス様がいらっしゃり、弟子たちの真ん中に立ち、「平和があるように」と励まし、御自分の息吹によって弟子たちに派遣の祝福を与えられます。続いて八日の後に、鍵をかけて戸を閉ざしていた弟子たちの中で、さらに自分をも閉ざしていたトマスに対し、御自分の傷を示すまでの愛をもって、イエス様を神の子メシアと認める信仰心を開かれます。


先日、ある講演会で若い神父様のお話をお聞きする機会がありました。その神父様は、学生時代に、神学校の学業を一時中断し、九州から上京して一人住まいをされていたそうです。ともすれば、内にこもりがちであった彼を、神学校の恩師の神父様が仕事の関係で上京した折々に訪ねてくださり、励ましと導きを頂き、その良い経験が今の司祭生活につながる源の一つになったとのことでした。


イエス様が、弟子たちを訪れて心を開いてくださったことに倣い、入院中の方々や、生活の中で孤独を感じられている方々に寄り添うことが、少しでも神の愛に心を開かれるきっかけづくりになればと思います。

この記事を読んだ人は次の記事も読んでいます