半生かけた回心と告白:袴田事件の元判事

April 21, 2017
半生かけた回心と告白:袴田事件の元判事

袴田さんの誕生日を祝うコンサートでのビデオメッセージで、再審開始を求め拳を突き上げる熊本さん

51年前、静岡県清水市(現・静岡市清水区)で一家4人が殺された通称「袴田(はかまだ)事件」。〝犯人〟として逮捕され、死刑囚となった袴田巌さん(81)は3年前、冤罪(えんざい)が確定し「死刑執行」が停止された。釈放された袴田さんだが、50年を超える拘禁生活で精神も体もむしばまれた。しかし、この死刑判決は、もう一人の人生も狂わせた。第一審で死刑判決文を書いた元裁判官、熊本典道さん(79)。熊本さんの半生から「事件」を振り返ってみる。


今春2月11日、福岡教区「福音と平和のつどい」で、袴田さんの釈放後の日常生活を描いたドキュメンタリー映画『夢の間(ま)の世の中』が上映された。会場には、車いすに乗った熊本さんの姿があった。


脳梗塞、パーキンソン病、がん、アルツハイマー、言語障害を抱えた熊本さんは、簡単な言葉と、泣くことでしか自己表現ができないが、スクリーンに向かって3度「いわお(巌)!」と呼び掛けた。そして映画の最後に制作者の名前が字幕で流れ始めると、拳を突き上げて「ありがとう」と力を込めて叫んだ。


熊本さんにとって、一番会いたい袴田さんに、スクリーンで会えた感謝の気持ちが、言葉となって表れたのだ。しかし、熊本さんの願いは、直接会って謝ること。そして、静岡地方検察庁が即時抗告をしたことで、先延ばしにされている再審(裁判のやり直し)の開始だ。



転落の人生


「袴田事件」で静岡地方裁判所の主任裁判官を務めた熊本さんは2007年、39年間の沈黙の末、ある告白をした。「評議の秘密を守らなければならない」という裁判の「おきて」を破って、真実を語ったのだ。同年6月、「袴田巌死刑囚の再審を求める上申書」で熊本さんはこうつづっている(一部抜粋)。


「私は、(袴田さんが)無罪であるという心証を持っていましたが、合議の結果、他の裁判官を説得することが出来ず、主任裁判官として死刑判決を書かざるを得ませんでした。しかし、良心の呵責(かしゃく)に耐え切れず、翌年裁判官の職を辞しました。評議の秘密を守らなければならないことは十分理解しておりますが、そろそろ体力、精神力に自信がなくなってきました。袴田巌さんの再審を実現させる最後のチャンスになると思い、非難を覚悟の上、私の無罪心証を公表しました」


死刑判決を言い渡された袴田さんの「がっくりときた様子」は忘れようにも忘れられず、熊本さんは半世紀、「あの日」のことを思い出さない日はなかったという。


「あの日」から、熊本さんの転落の人生が始まった。大学卒業後に司法試験にトップ合格し、「人権派」で知られた裁判官だった。しかし、30歳の時、袴田さんの無罪を知りながら、他の2人の先輩裁判官との多数決に屈し、抵抗したが実らず、泣きながら死刑判決文を書いたのだ。半年後、弁護士に転身。大学講師を務めたこともある。


しかし罪の意識から酒におぼれ、トラブルも絶えず、妻子とも別れ、地位も名誉も財産も全て失い、心と体を病んだ。死に場所を探して日本中を放浪し、何度も自殺を試みた。ノルウェーのフィヨルドまで行ったこともある。1995年には弁護士登録も抹消された。死亡説も流されていた熊本さんが、2006年、福岡県内でホームレス同然の状況で、偶然知り合った島内和子さんに助けられた。


現在も同県内の老人ホームにいる熊本さんの介護に当たる島内さんは、当時をこう話す。


「家でも公園でも、ぼーっとしていて、いつも死のうとしていました。海に身を投げようとしたこともあります。電車に飛び込み、血だらけになって帰ってきたこともあります。(熊本さんの)死にたい気持ちは、今も変わらないと思います」


3年前、熊本さんはカトリックの洗礼を受けた。長年、袴田さんを支援してきた「無実の死刑囚・袴田巌さんを救う会」副代表の門間幸枝さん(東京・清瀬教会)は、熊本さんの思いをこう代弁する。


「熊本さんは、袴田さんに謝りたくて、東京拘置所に何度も通いました。でも家族以外が死刑囚に会うことはできません。『ゆるされなくても謝りたい』と、熊本さんは、これまで何度も何度も謝りました。記者に責められ、いつも泣いて謝っていた。今も、当時を思い出して泣くだけです。獄中で(1984年)カトリックの洗礼を受けた袴田さんの気持ちに少しでも近づきたいと、熊本さんは洗礼を望んでいたのです。これほどの悔い改めを見たことがありません」


2014年、袴田さんの再審が決定した時、テレビでそのニュースを見た熊本さんは、両手を上げて喜んだ。裁判所の前から門間さんが電話を入れると、受話器の向こうから熊本さんの泣き声がしばらく聞こえていた。そしてその後、熊本さんは威厳と重みのある声で、「(本勝負は)これからだ」と決意を込めて語ったという。


その言葉通り、静岡地方検察庁が東京高等裁判所に即時抗告をしたために再審は先延ばしにされ、袴田さんは、いまだに〝完全無罪〟にはなっていない身だ。年金も支払われず、姉の秀子さんに支えられ、静岡県浜松市で生活している。
熊本さんは、アルツハイマーを患いながらも、「袴田さんの再審を!」という言葉を聞くと、拳を突き出し、「闘う」姿勢をとる。


半世紀前の「袴田事件」。袴田さんと熊本さんの人生を変えた「〝判決〟の日」は、まだ続いている。

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