ファティマの牧童、最年少の聖人に

May 18, 2017
ファティマの牧童、最年少の聖人に

教皇フランシスコは5月13日、聖母出現100周年を記念してファティマのロザリオの聖母大聖堂前でミサをささげ、2人の牧童を列聖した(CNS)

教皇フランシスコは5月12日と13日、聖母出現100周年を記念するため、ポルトガルのファティマを訪問し、13日に出現を目撃した牧童の福者フランシスコとジャシンタ・マルトをロザリオの聖母大聖堂前で主司式したミサで列聖した。きょうだいは殉教者以外では史上最年少の聖人となった。12日の「前晩の祈り」では、キリスト信者が崇敬するべきなのは、イエスを信じ、主に従ったマリアであり、“石こうの像”ではないと指摘した。



【ファティマ(ポルトガル)5月13日CNS】教皇フランシスコは5月13日、ポルトガル・ファティマのロザリオの聖母大聖堂前で、マリアの出現を目撃した牧童2人を列聖した。出現の目撃よりも、新聖人2人が罪びとのために祈り、主に信頼するようにとの聖母の言い付けを守ったことの方が大切だ、と教皇は強調した。


教皇がきょうだいの福者フランシスコとジャシンタ・マルトの列聖を宣言する式文を読み終わらないうちに、数十万人の巡礼者たちから拍手が沸き起こった。


マリアの出現はちょうど100年前の1917年5月13日に始まり、9歳だったフランシスコと7歳のジャシンタ、10歳だったいとこのルチア・ドス・サントスが目撃を証言した。出現は同年10月13日まで続き、後にカトリック教会によって信頼できると宣言された。


その後、欧州で流行したインフルエンザによって、フランシスコは19年4月4日に10歳で、ジャシンタは20年2月20日に9歳で死去した。


2000年に聖ヨハネ・パウロ2世教皇によって列福されていたきょうだいは、殉教者以外では最年少の聖人となった。


教皇フランシスコは列聖式ミサの前に、聖フランシスコと聖ジャシンタ、05年に97歳で死去したいとこのルチアの墓がある礼拝堂を訪れた。ルチアの教区段階の列福調査は今年2月に終わり、バチカンでの調査が進んでいる。


教皇はそれぞれの墓前に立ち、目を閉じて頭を下げた。


教皇はミサの説教で、幼かったきょうだいの生涯を振り返り、新聖人は聖母出現の目撃よりも聖性にあふれた生き方で思い起こされてきたと指摘した。


ただ重要なのは、出現よりもむしろマリアのメッセージと模範だった、と教皇は会衆に語った。ポルトガルの行政当局によると、約50万人がミサに参加していた。


「聖母がここに来られたのは、私たちに姿を見せるためではありませんでした。私たちには永遠にその機会が与えられます。もちろん、私たちが天の国に入ることが前提ですが」と教皇は語った。


教皇は続けて、マリアが牧童たちに託したメッセージは全ての人に向けられたもので、「神不在の生き方で、その被造物のうちに神を汚してしまう」ことへの警告だったと指摘した。


「しばしば勧められ、押し付けられもするそのような生き方では、地獄に至る危険があります。マリアが来られたのは、神の光が私たちのうちに住まい、私たちを守っていることを思い起こさせるためでした」と教皇は説明した。



新聖人に倣い「希望の源」に


教皇フランシスコは巡礼者たちに向けて呼び掛け、聖フランシスコとジャシンタが生きた英雄的徳に倣い、特に罪びとのために絶えず祈り、聖櫃(せいひつ)のうちに「隠れておられるイエス」を礼拝するよう促した。


新聖人の模範に倣うことによって、キリスト信者は「他の人の希望の源」となり、「私たちの心を冷たくし、視野を狭めてしまう無関心」に立ち向かうことができる、と教皇は指摘する。


「私たちは実らない希望にはなりたくありません」と教皇は語気を強めた。「人が生きていけるのは、他の人の惜しみない助けがあってこそだからです」

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