聖書も携帯電話のように

March 15, 2017
聖書も携帯電話のように

「昼の祈り」で人々に手を振る教皇フランシスコ(CNS)

【バチカン3月6日CNS】携帯電話でメールをチェックするのと同じように、キリスト信者はいつも聖書に記された神のメッセージを読むように心掛けるべきだ、と教皇フランシスコは勧めている。


キリストが荒れ野で悪魔から誘惑を受けた際に神の言葉で退けたように、キリスト信者も神の言葉を生活の中で「よく読み、黙想し、理解する」なら、誘惑から自身を守ることができる、と教皇は3月5日、バチカンのサンピエトロ広場に集まった人々と共に「昼の祈り」を唱える前に語った。


「携帯電話を忘れて探しに戻ったり、1日に何度も画面を見たりするなら、携帯電話でメールを読むように、聖書に書かれている神のメッセージを読んではどうでしょうか」と教皇は人々に問い掛けた。


教皇は当日の福音朗読箇所(マタイ4・1―11)に基づいて話した。その中で、イエスは40日間、昼夜断食した後で悪魔からの誘惑を受ける。


悪魔はイエスが神の子としての使命を成し遂げることを防ぎ、イエスの神性を揺るがすために、「魔術師」のように奇跡を起こさせようと、二度誘惑を試み、最後には、「世界を支配する力を得るために悪魔を拝む」よう勧めた。


「三度にわたる誘惑を通して、悪魔はイエスを従順とへりくだりへの道から離れさせたがっているのです。その道によって悪が滅ぼされることを知っているからです。そうして、イエスを成功と栄光への偽りの近道に導こうとします」と教皇は説明した。


ところが、イエスは「悪魔の毒矢」を、自らの言葉ではなく、「神の言葉だけで」かわしてしまう。


キリスト信者はイエスの後に従い、「悪に対する霊的な闘いに臨む」ことを求められていて、そのためには「悪魔を打ち負かす力」のある神の言葉から力を得る必要がある、と教皇は続けた。


「聖書には神の言葉が記されています。それは常に今日的で効力があります。誰かがこう言いました。私たちが聖書を携帯電話のように活用したらどうなるでしょうか。私たちがいつも聖書を、少なくともポケット判でも持ち歩いていれば、どうなるでしょうか」



「神の言葉」で誘惑に打ち勝つ


聖書と携帯電話を比較することは「とっぴに感じられる」が、キリスト信者は四旬節の間、このことについて省みるよう求められている、と教皇は付け加えた。


「私たちがいつも神の言葉を心に抱いていれば、どんな誘惑も私たちを神から引き離すことはできず、どんな障壁も私たちを善への道から外れさせることはないでしょう」と教皇は強調した。


教皇フランシスコは「昼の祈り」を唱えた後、1週間の四旬節の黙想に入る自身とローマ教皇庁関係者のために祈るよう願った。

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