ファティマ巡礼者と「前晩の祈り」

May 18, 2017
ファティマ巡礼者と「前晩の祈り」

教皇フランシスコは5月12日、前晩の祈りをささげるため「聖母出現の小聖堂」を訪れた。小聖堂前では巡礼者たちが数万本のろうそくをともして広場を照らした(CNS)

【ファティマ(ポルトガル)5月12日CNS】イエスを信じ、主に従ったマリアの模範が最も大切であり、マリアを「私たちの都合の良いように」作り上げた姿で祭り上げ、いつくしみとの交換条件にすることはできない、と教皇フランシスコは5月12日、指摘した。


ファティマの聖母出現100周年の前晩に、教皇は集まった数十万人の巡礼者たちに向かって、「どのマリア」を崇敬するかと問い掛けた。「福音書に記された聖母マリア」なのか、それとも「裁きを行う神の手を抑える方でしょうか」。


信者が崇敬するマリアは「いつも、どこでも神の言葉を信じたために祝福されている女性でしょうか、それとも、さしたる犠牲も払わずに私たちが願い事をする“石こうの像”なのでしょうか」と教皇は問い掛けた。


日が暮れると、ファティマのロザリオの聖母大聖堂前に集まった巡礼者たちは数万本のろうそくに灯をともし、広場をまばゆい光で照らした。教皇は人々をロザリオの祈りに導いた。


教皇フランシスコは「聖母出現の小聖堂」での「前晩の祈り」で、巡礼者たちに向けて、マリアが牧童たちに教えたように、「最も困窮している人」のために神のいつくしみを祈るよう呼び掛けた。


「貧しく、見放されて、現在も奪われた一人一人の上に、排除され、見捨てられて、未来を否定された一人一人の上に、親もいなく、不正義の犠牲になって、過去をも認められない一人一人の上に、イエス・キリストのうちに人となられた神の祝福がありますように」と教皇は祈った。


教皇フランシスコはマリアを「福音宣教の模範」とたたえ、特にキリスト信者はマリアを見つめることで、「へりくだりと優しさが、弱者ではなく強者の徳であること」を悟ることができる、と指摘した。


神による罪びとへの罰ばかりを強調する人々は、神について「大変な思い違い」をしていて、罪びとは「神のいつくしみによってゆるされる」ことを理解していない、と教皇は強調する。


「裁きよりも、いつくしみが強調されなければなりません」と教皇は続け、「そして、どんな場合にも、神の裁きは常に、いつくしみの観点から行われるのです」と付け加えた。


「マリアと共に、私たち一人一人が神のいつくしみのしるしと秘跡になり、いつも人をゆるし、あらゆることをゆるすことができますように」と教皇は祈った。

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