宮津教会堂、120年を記念

May 25, 2017
宮津教会堂、120年を記念

記念のミサには地元各界の人たちの姿も

京都教区の丹後教会(モデラトール・谷口秀夫神父=レデンプトール会)は5月6日、宮津教会堂(洗者ヨハネ天主堂/京都府宮津市)の献堂120年を記念する式典を行った。1896(明治29)年の完成で、同教会堂の資料によれば、今も毎週ミサがささげられる現役の聖堂としては日本で最も古い。


フランス人宣教師に感謝


京都北部の六つの教会は2016年、一つの小教区(丹後教会)となり、それぞれは丹後教会の教会堂や礼拝堂となっている。


記念のミサには300人以上が参列した。大塚喜直司教(同教区)が主司式し、野田安則(やすのり)神父(レデンプトール会)など歴代の主任司祭らも共同司式。宮津市の井上正嗣(しょうじ)市長ら地元各界の人たちの姿もあった。


ミサの初めに大塚司教が、120周年を記念して新調された祭壇の奉献式を行った。


大塚司教は説教で「献堂の記念は神の民に託された聖なる務めを思い起こし、その務めをふさわしく果たしているかを確認する大切な機会」でもあると参列者に呼び掛けた。


続けてイエスがペトロに与えた「鍵」についても語り、「(この鍵は)天の御父のみ心を示し、人々を天国に導くための扉を開くもので、聖霊が果たす役割」だと説明。各自の内に働く聖霊に信頼し、神の生ける道具になるよう励ました。



地元のために尽力


宮津教会堂はパリ外国宣教会のルイ・ルラーブ神父(1857~1941)によって建てられた。土地は仏教から改宗した地元の有力者が寄贈。ロマネスク様式で正面(ファサード)には円形窓(バラ窓)があり、内部はケヤキ材の柱にドーム式天井で畳敷きだ。ステンドグラスにはフランス直輸入の色ガラスが使われている。


90年前に丹後地方を襲った大地震で被災したが、建物は創建当時のまま。戦後はレデンプトール会が司牧を担当してきた。


また宮津は細川ガラシャゆかりの地でもあるため、同教会堂の近くにはガラシャの像も立っている。


ミサが終わると、聖堂内のスクリーンにルラーブ神父の足跡をたどる古い写真などが映し出され、京都暁星高等学校で宗教を教える玉手幸子(さちこ)さんが説明を加えた。


ルラーブ神父は1907年、当時の町長の要請を受け、教会の敷地内に宮津裁縫伝習所(京都暁星高等学校の前身)を開いた。27年3月の大地震後は、東京から派遣された戸塚文卿(ぶんけい)神父らと被災者の救護に当たるなど、地元のために尽力した。


ルラーブ神父は56年間、一度も帰国しなかった。叙階50周年で親族が送った一時帰国の旅費は幼稚園(宮津暁星幼稚園)の開設のために全額使っている。


この日、ルラーブ神父の紙芝居を製作した森山道子さんもミサに参列していた。森山さんは信徒ではないが、細川ガラシャや与謝蕪村など宮津に縁のある「偉人」の紙芝居を作る活動をしている。


「ルラーブ神父は丹後に近代化をもたらした人」だと森山さん。女子や貧しい家庭の子への教育など、同神父の功績を若い世代にも知ってもらいたいと願っていた。

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