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みことばの黙想

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「みなしごにしてはおかない」
5月21日
復活節第6主日
ヨハネ14・15-21
「みなしごにしてはおかない」

(文:髙橋慎一神父=横浜教区/カット=高崎紀子)


イエス様は、「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる」と弟子たちにおっしゃって、聖霊の実りである愛によってイエス様のいのちが信じる者に豊かに与えられることを教えています。


「わたしは、あなたたちをみなしごにはしておかないのだ」。この言葉にイエス様の弟子たちに対する強い思いを感じます。


がんを患い、まだ四十代半ばで入院先の病院で亡くなったフィリピン人信徒のお宅に、彼女の友人であるフィリピン人たちに乞われて、祈りのために訪れた時のことです。彼女の家の玄関から上がらせていただくと、畳の上には、清潔な布団が敷かれてあり、御遺体が、横たえられておりました。仏教の習慣でしょうか、掛布団の上に守り刀が置かれています。


布団の傍らには、15歳くらいの大柄な男の子が一人、肩を落とすようにして正座しています。彼女が残したお子さんです。お父さんは葬式の準備のためにお寺に出かけていらっしゃるとのことでした。私は、祭服に着替えて、遺体に聖水を注ぎ、祈りの言葉を唱えて聖書を読み、司祭として慰めの言葉を述べました。


残された男の子は、母親の死に強いショックを受けているのでしょう。母親の死をどう受け止めたらよいかとまどい布団の隅の方から驚いたように、じっと母親の顔を見つめているばかりです。


祈りを終わらせて、玄関で靴を履こうとした時のことです。亡くなった母親の友人のフィリピン人女性の心の中で、他人事とは思えない感情が爆発したのでしょう。


彼女は、母親のように、その男の子を抱きしめながら、「寂しい時は、おばさんの家に遊びに来て、フィリピン料理を食べなさい」と語り掛け、二人は一緒に激しく泣き出しました。この時、母の死を前に泣くことのできなかった少年には、自分と共に泣いてくれる人が必要だったのです。涙の中で母の死の悲しみと自分に注がれた母の愛をかみしめることができたのです。


「あなたがたをみなしごにはしておかない」。このイエス様の言葉が彼女の姿に現れたかのようでした。


人は、人と人との絆の中で、愛されている自分を確かめて、また愛を伝えていくものです。


「わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す」


「わたしと一緒に父である神の愛を伝えていきましょう」と、イエス様は、今日も私たちに呼び掛けてくださるのではないでしょうか。

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