貧しさの中、信仰豊かに

May 12, 2017
貧しさの中、信仰豊かに

松山浩子修道女

アフリカの中央部に位置するチャドで37年前、ショファイユの幼きイエズス修道会は日本・カナダ・フランスの3管区合同の国際共同体を設立し、宣教を開始した。チャドはこれまで内戦や干ばつ、飢餓など、多難な状況に直面してきており、今も貧困格差の問題は続いている。現在、ライ教区で働く松山浩子修道女(57/一時帰国中)は、その「貧しさ」の中で人々の「信仰」は豊かに育っていると言う。チャドで学んだ「信仰」について松山修道女に話を聞いた。

チャドに派遣され16年になる松山修道女は、ライ教区のギダリ小教区とその小学校の会計担当者を務める傍ら、教区司祭と共に60ほどの村を巡回し続けている。四旬節の黙想指導、収穫時の初穂の祝祭、クリスマスなど、教会の暦に合わせて小教区の信者と共に祈りや交流の時を持つ。

一昔前の物々交換によって生活が成り立っていた時代とは違い、アフリカに資本主義が流入して以降は、農民たちは、市場で農作物を売るなど必死で現金収入を得ようと努めている。その貴重な現金収入の中からわずかでも教会維持費を捻出する習慣を身に付けることによって、信徒たちの間に「自分たちの教会を築く」という意識を育てようとしている。

司祭と共に各小教区を訪ねた際は、「教会維持費」の〝指導〟をきっかけに、自立することとその方法を学ぶ機会にしようとしている。松山修道女は、現地の物を使って現地の人々が潤うように、困窮世帯には地元のカリテの実の油(シアバター)でせっけんや薬用クリームをつくる方法を伝授し合う場も設ける。実際に、シアバターで、身体の不自由な人や皮膚病を患っている人、血液循環の悪い人の手足をマッサージして有効性を示して見せたりもする。

その宣教姿勢は、文字通り〝一期一会〟を大切に、今、出会った目の前の人を大切にするというもの。「どんな人にも神様の愛を伝えて、あなたは愛されている存在なのだ」と伝えるためである。文字の読めない人々には、絵を描いて見せながら信仰や生活の話をし、病気の人が出れば車で病院に運ぶ。ムスリム(イスラム教徒)の警察官に話し掛けられれば、笑顔で筋トレの方法を教えたりもするのだ。

昨年の「いつくしみの特別聖年」では、「いつくしみ」をテーマにアフリカのリズムと音階で歌を作り、踊りを交えて表現し、自分たちの文化の中で信仰を成熟させようと励んだ。松山修道女は、アフリカのダンスの輪の中に入って、不慣れでも一緒に踊る。

「目の前の人のために、自分にできることを探し、下手でも積極的に挑戦します。日本では、信者はこうあるべきという〝型〟や〝枠〟にはまった表面的な信仰が多いような気がします。でもチャドでは、多くの人々が貧しい中でも感謝して生き、すべてをプラスに考えて、生き生きとした信仰を生きています。私は、神様への恨み言や、不平を彼らの口から聞いたことがありません」

子どもが死んでしまった時は、家族は悲しみながらも、これまで命を与えてくださった神に感謝する。困窮家庭でも、食料を全て出して客人をもてなし、共に食卓を囲めることを喜ぶ。

チャドの気候は日本とは違う。雨期には道路が水没するため、松山修道女は車で移動する際は、車を降りて必ず素足で水たまりに入り、水深を確かめてから浅瀬や固い土の部分を選んで運転する。かつて、車ごと川に落ち、溺死しかけたところを地元住民に助けられたこともあるという。

また、マラリア・腸チフスになり、絶食状態になったこともあるが、「たまに胃袋を空っぽにするって、健康に良いんですってね」と屈託がない。チャドの「プラス志向」は、松山修道女にも染み付いているようだ。

これまでチャドでは交通事故や病気などで、多くの宣教者が亡くなった。その中には日本からの修道女が何人もいる。なぜ、チャドにとどまるのか。

「チャドの人々は、外国人がチャドにいるということで、自分たちが世界から忘れられていないと感じるのです。だから、私もチャドの土になるつもりです」と決意の言葉で締めくくった。

「食べられるものとなられた方の思い」
みことばの黙想  6月18日
Play Now
再生できない場合は、ダウンロードしてお聞きください